相談事例の紹介です。


事例1(20122月)

 60代半ばの男性が相談センター掲載の新聞記事を持って、相談センターを訪れる。長らく同棲していた女性が突然死。女性の子供夫婦が親の公団賃貸名義を破棄した結果、男性が外出して帰ると家財が廃棄処分され、住む場所を失う。一時友人宅に身をよせるが、無宿者となり、切羽詰まったところでの相談。役所の時限が迫っていたことから、弁護士、相談員が同行、生活保護係の機敏な対応で男性は市の男子寮に入ることになった。

 

事例2(201211月)

 市民税滞納で20代前半の夫婦が相談センターを来所。妻は妊娠10か月、夫は今春大学卒、正規雇用をめざしコンビニでアルバイト、月10数万の収入しかなく、市民税を3か月滞納。折しも夫は大企業の採用試験に合格、試用研修が始まる。滞納の影響を心配して区役所に相談に行ったところ、滞納解決だけを言われ、途方に暮れての相談。対応した相談員は、区役所の案内は不十分、市の税務課がセンター化され、市税収納事務センターに、そこへ行って分割払いを願い出れば解決する筈、若いから一つ一つ経験を積むことも大切、気後れしないため、この足でセンター行きを勧める。二人はセンターに向かった。

 

事例3(20133月)

 公団家賃滞納で裁判所から退去命令を受けている70代の女性、元デザイナーで住まいを事務所にもう一度一肌上げたい、公団に居たい、何とかならないかの相談。女性は生活保護受給者、息子の住居費援助が途絶え、家賃滞納となった。滞納一掃の見通しがないことから、住宅探しの姿勢を示し、強制退去にならないよう促す。当初は相談員の服装をさげすむなど、話を聞き入れようとしなかった。しかし話し合いができる場所と思ったのか、再三訪れ、やがて市営住宅の申し込みに行ったなどと話すようになった。退去期日直前、相談センター紹介者の民生委員の方から生保家賃補助に見合った民間アパートを自ら探し、転居したとの報告があった。

 

事例4(201311月)

 息子が妻帯者でありながら他の女性と婚約、それが女性の父親に発覚、法外な慰謝料請求、不履行ならやくざに頼むと脅されていると、息子の母親から弁護士依頼の相談。弁護士依頼の件は名古屋北法律弁護士が対応することで決着したが、息子が父親の叱責で行方をくらましたと、再び母親から捜索の相談。相談対応のなかで、親子精神的に参っている、メンタルケアーの申し出もあり、この機会を生かし息子をおびき寄せることとなった。メンタルケアーは登録相談員の専門家に依頼、はからずも親子が相談センターに集結。しかしケアー後妻が来所、息子夫婦が喧嘩別れ、再度息子が雲がくれした。年末年始の時期、母親から息子の行方をつかむ相談があり、銀行振り込みをぎりぎりの生活費とすることをアドバイス。結果年が明けて、息子が妻の元に帰る。息子も肝に銘じたろう、この機会を生かし息子夫婦と解決方法をじっくり話し合うと、母親から電話があった。

 

事例520144月)

生活保護受給の父親から、自分が精神障害者のため児童相談所で育った息子が、高卒、就職1年で退職、退寮を迫られ、区に息子の生活保護申請を行ったところ、父子同居を条件に拒否されたとの相談。相談センターで2度ほど面談、生活保護申請の手だてでアドバイス、しかし申請拒否が繰り返された。相談員は、他区での申請を提案、親子が了承、専門相談協力員の困窮者住宅支援業者に支援を依頼。同支援業者が、他区で良心的な大家さんを見つけ、親子に会わせ、息子の住まいを確定、同区での生活保護受給手続きも支援。後日息子さんから、ハローワークで仕事探しをしているとの報告があった。

 

事例620152月)

 50代女性から、うつ病で障害年金受給申請却下、あらためて化学物質過敏症で申請したい、申請書類を事前に見てほしいとの相談。相談者に関係書類を持参してもらい、年金に詳しい相談員が面談、申請書をチェック、シックハウス症候群で申請を勧める。3月、専門医に診断書、初診証明書の協力を得て年金機構に提出。ところが、提出書類に対して年金機構が検査のカルテの写し提出など枝葉末節の部分でチェック、これに医師が憤慨、逆にその主旨説明を年金機構に求めるなどの過程を経て、相談から5か月後障害年金が認定された。相談者は、生計のめどが立ったことを喜び、対応した相談員に報告とお礼を言いたいと当所を訪れた。

 

事例720153月)

 5か月前に失業、借金700万円と車のローン200万円を抱え、車中泊4日目、最近まで母親と一緒だったが行方不明、手持ち金が17千円の52歳の男性の相談。対応した弁護士は、自己破産、生活保護申請の要ありと判断。生活保護申請に対して、相談者が車所持ということから、相談員が区役所に同行。案の定、窓口で車所有が問題となり、相談員の口添えで、その場で車を区役所に引き渡し、生活保護受給となった。当日はビジネスホテル券が発行され、宿を確保。翌日から簡易宿泊所に移行することとなった。

 

事例8201511月)

 当時在住の他区で生活保護を申請、いろいろ言われ、煩わしくなり申請を取り下げた。その後、他区に転居、やはり年金だけでは生活が苦しい、再び申請したいとの70代の男性の相談。転居先はちくさ事務所に近く、ちくさ世話人会関係の専門相談協力員に協力依頼。同相談員が本人と面談、状況把握のうえで区役所に同行。相談員が、生活保護課に対し、取り下げたときの要否判定が要であり、もっと親切に対応すべきであったと要望、申請が受理された。後日、本人から、実地調査を経て、生保受給が決定されたと連絡が入った。

 

事例9201511月]

 相談員が住む区で、かつて福島原発事故処理で働いていた生活保護受給の男性が、体調不良、歯もほとんどなく食べられないのに食費が引かれる、貧困ビジネスアパートから退去したいとのSOS。相談員が訪問、同区の法律事務所の弁護士の協力を得て、生活保護課と本人の要求で折衝。しかし担当ケースワーカーの対応のまずさもあって、本人が暴力沙汰を起こし、警察に留置される。弁護士、相談員が奔走、事件は解決。その後専門相談協力員の困窮者住宅支援事業者に支援依頼、同支援業者のはからいで他区での住まいが確保され、男子は生活保護受給継続と被ばく専門医の治療が受けられるようになった。

 

事例1020162月)

 

 50代の男性が看板を見て、相談センターに来所。前日、認知症の母が内側からドアーに鎖をかけ、入れなくなったことから家出を決意。寒さをしのぐため一晩中体を動かしていて疲れた、金がなく、ピーナツ数粒しか口に入れておらず、腹もすいたとのこと。話を聞く前に、学習支援用の煎餅などを提供、空腹の足しにしてもらう。相談は生活保護を受けたいとのこと。しかし聞けば、マンションの名義は母と本人、生活保護受給ができるかどうか。それよりもこのまま母を見放してよいかどうか。現時点でも出火など心配もある。冷静に考えるよう促す。しばらくの沈黙すえ、男性は立ち上がり、家に帰ると言って出て行った。翌日、家に入れたと本人から電話があった。